Tag Archive for 駿河台の記者たち

駿河台の記者たち⑲

駿河台の記者たち[19]

長瀬千年・作

 

中央大学新聞

「新聞学会は1号館1階、学務室の奥だよ」
 志朗は1階に上がり1号館の学務室を抜けると、確かに「中央大学新聞学会」と木製の古い看板が、麗々(れいれい)しく架かっていた。用度課の隣だった。

 えっ? 校舎の1階は、教室以外すべてが大学の事務室スペースなのに、なぜ新聞学会だけこの場にあるのか。志朗は首をかしげながら、会室に入った。

 入り口の横奥に事務机がひとつ。30歳前とみられる女性が、ジロリとこちらを見た。事務員のようだ。学生サークルの部屋に、なぜ受付の女性事務員が居るのか。志朗の疑問はさらに募った。

「入会試験用の履歴書です」
 志朗はいぶかりながら書類を渡し、 部屋の中を見た。 中庭に面していて、学生の行き交う様子が見て取れる。
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駿河台の記者たち⑱

駿河台の記者たち[18]

長瀬千年・作

 

中央大学新聞

「きのうの国会デモ、新聞は『空前のデモ津波。主催者発表で17万人、警視庁推計でも約6万人』と書いている。岸信介首相は国会内に閉じ込められ、夜10時すぎにようやく脱出したんだって」

 日米安保改定に反対する国民会議の第15次統一行動〈4・26国会デモ〉で、流志朗は初めて全学連主流派のデモに参加。最前列の集団だったため、後ろから押されて機動隊の装甲車を乗り越えて座り込み。警官にゴボウ抜きにされ、警棒で頭を2回殴打された。

 その翌朝、新聞を見た志朗が、興奮さめやらぬ面持ちで、一緒に住む兄の美津夫に話しかけたのだ。
「新聞記事のデモ参加者ほど、数を多く発表したがる主催者と、少なく抑えたい警察発表が異なる数字はない。 参加人数を載せるなら、新聞社が独自に数えろ、と言いたい」
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駿河台の記者たち⑰

駿河台の記者たち[17]

長瀬千年・作

 

60年安保

 志朗はまだ入学前のことだったから知らないが、実はその前年の11月27日。安保阻止の第8次統一行動で、全学連と労働者は警官隊の制止を破り、 2度にわたって国会構内になだれ込み、約2万人が1時間、正面玄関に座り込んだのだ。

 事態にあわてた浅沼稲次郎社会党書記長らが、マイクで〈即時散会〉を指示した。だが、デモ隊は聞き入れなかった。その2ヵ月後、公安調査庁は全学連のブントなどを、破壊活動容疑団体と認定。社会党などから、〈統一行動から全学連を排除〉の声が強まった。

 そんなあとの4・26だ。国会前は、2度と国会突入は許さないとばかり、警察隊は装甲車など20台近くをバリケードにしていた。緊追度はまさに一触即発の様相だ。中大はこの日もデモ隊の最前列。その中で志朗は恐怖におののきながら、しかし一方で、負けてなるものかと、踏ん張った。
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駿河台の記者たち⑯

駿河台の記者たち[16]

長瀬千年・作

 

60年安保


 
 教室から出ると、大講堂の前はすでに喧騒の渦。学生の何人もが、ハンドスピーカーでがなり立て、大量のビラを配っている。注意してみると、学生たちは2つに割れて、互いに攻撃していることを、志朗は初めて知った。

「全学連のもと、大衆的国会請願で安保を粉砕しよう。 お焼香デモに、まやかされるな!」
 ブントが主導する昼自治会のアジは、絶叫調だ。
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駿河台の記者たち⑮

駿河台の記者たち[15]

長瀬千年・作

 

60年安保

〈4・26安保反対〉へ向け、志朗らクラス世話人の話し合いが始まった。場所は大学本館ビル地下一階、大フロアの学生食堂だ。今西が1杯20円のうどん、松本は30円のラーメン、大原は40円の定食、志朗は30円のカレーライスである。

「ほんまに授業放棄、できよるんやろか?」
「クラスの大体はねぇ、安保には反対のようだけどねぇ、いざ行動となるとねぇ、尻込みしちゃう雰囲気なんだよねぇ」

「政治問題は力と力のぶつかり合い、という感じ。僕は苦手だなぁ。あの大錦委員長が選ばれた連合自治委員会(連自)だって、全学連への加盟をめぐって大荒れ。暴力沙汰もあって、 一度流会した末の選出だというよ」
「えっ、その話、もうちょびっと間かせてちょうよ」
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駿河台の記者たち⑭

駿河台の記者たち[14]

長瀬千年・作

 

60年安保

「5月末に自治会の選挙があります。そこでクラス委員を選ぶまで、臨時の世話人として4人選んでほしい。『我は』という人、手を挙げて~」

 志朗は困った。〈学生数が多いこの中大で、自分をどう引き出し、どう確立するか〉と日記に書いた手前、今こそ挙手しなければならない。しかし、やっぱり小恥ずかしい。周囲を見ても、その気配がない。えーい、やぶれかぶれだ~と志朗が手を挙げると、あちらで1人、こちらで1人と4人が揃った。
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駿河台の記者たち⑬

駿河台の記者たち[13]

長瀬千年・作

 

60年安保

〈女子皆無〉で気もそぞろな教室内だが、ともあれ英語の授業は淡々と進んだ。教師が極めて事務的に、前の席から順番に英語テキストを読ませていると、教室のドアが開いて、1人のジャンバー姿の学生が入って来た。

「今日の授業はここまでー」
英語教師は、ここでもごく事務的に引き下がった。代わって、ジャンバー姿の学生が教壇に立った。
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駿河台の記者たち⑫

駿河台の記者たち[12]

長瀬千年・作

 

60年安保


 
 それにしても、〈大学ではぜひとも女性と同じクラスで〉と熱望した志朗が、第2外国語の選択時に、〈フランス語はチャラチャラした女が好む言語〉と、拒絶したとは何ごとか。これほど非論理的な、自已矛盾はあるまい。

 実は志朗は高校3年になる時も、女子と同じクラスになるチャンスが十分あったのに、 自ら墓穴を掘ったのだ。
 
高校も3年生になると、大学の進路志望に沿ってクラス替えをした。理数系の教科が極端に苦手な志朗は、当然、私立大しか進めない。それなら女子の志望者もたくさん居て、女子と同じクラスになるチャンスも大きかったのだ。

 だが志朗は、素直に〈私立志望〉としなかった。最初からそうすると、親から〈金のかかる私立なんか、行かせられない〉と、大学進学そのものを否定されかねない、と案じたからだ。そこで、一計をめぐらした。
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駿河台の記者たち⑪

駿河台の記者たち[11]

長瀬千年・作

 

60年安保

「あれっ? 男ばかりやないか」
 初めての英語の授業だ。語学は出欠をきちんとチェツクするから、小教室はびっしり。そんなことより、志朗は教室に女子が1人も居ないことに驚いた。

 まがりなりにも法学部の政治学科だから、女子が少ないのは仕方がない。だが、クラスで女子がゼロとは不可解だ。他の仲間も、同じように首をかしげている。

 それは、そうだろう。思春期の高校生から、大人の世界の大学に入ったのだから、誰もが、自由かっ達に男女が談笑する世界を思い描いたはずだ。なぜここに女子が居ないのか。誰からともなく、隣や前後の席と情報交換が始まった。
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駿河台の記者たち⑩

駿河台の記者たち[10]

長瀬千年・作

 

60年安保

 ともあれ、まずは授業を受けてみよう。志朗は決して勉強好きではないが、ガイダンス中に高橋健二教授の『ドイツ文学論』の講義に出会い、興味を抱いたからだ。教材はドイツ人作家、ヘルマン・へッセの『車輪の下』。高橋教授自身が翻訳したと言い、志朗も高校時代に読んでいたから、親近感を覚えたのである。

 教授の講義は、まだこの本を読んでいない学生のために、小説のあら筋から入った。几帳面で人情味ある老紳士、と感じさせた。初印象で相手の人柄などを感じ取る、志朗はそんな早業も、持ち合わせている。
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