Archive for 小説

駿河台の記者たち㊶

駿河台の記者たち[41]

長瀬千年・作

 

国会突入
11
〈7時、ついにトラック1台を引きずり出し、東大、法政、中央、明治大の300人が構内へ突入。警官隊は狂ったように、学生たちを殴って蹴る。後ろから押されて引き下がれない学生たちは、無防備のまま、こん棒の雨に倒れて血を流す。みるみるうちに負傷者が増え、助けを求める悲鳴。その上を警官が踏んでいく。もはや肉と肉との激突だ〉
Read more

駿河台の記者たち㊵

駿河台の記者たち[40]

長瀬千年・作

 

国会突入

10
 この日の志郎の担当は、夜自治会の全学スト以降の取材。しかし、60年安保の最大のヤマ場だから、年齢を重ねた両親との日光見物行きを振り切ってきたのだ。志朗は罪滅ぼしの意味も込め、昼自治会主流派の国会デモも応援取材した。
Read more

駿河台の記者たち㊴

駿河台の記者たち[39]

長瀬千年・作

 

国会突入


 小腹を透かした志朗が、中野駅前の立ち食いそば屋に寄り、間借り部屋に着いたのは、もう夜十時だった。その少し前に戻ったらしい兄三津夫が言った。

「オヤジとオフクロ、あさって、東京見物に出て来るって、手紙が届いた」
「あっ、そう」
「お前、仕送り受けてるんだから、1日か2日、どこか案内してやれ」
「いいけど…」
Read more

駿河台の記者たち㊳

駿河台の記者たち[38]

長瀬千年・作

 

国会突入

 そのころ、中大と同じように〈客観報道〉を旨としていたのは、東京大と明治大。2紙とも週に一回発行の週刊紙で、東京大学新聞は近辺の書店でも売っていた。これらの大学新聞は、いずれ日刊紙の記者になりたいと願い、大新聞に倣って活動していたとも言える。
Read more

駿河台の記者たち㊲

駿河台の記者たち[37]

長瀬千年・作

 

国会突入

 そんな矢先の7日と8日、夜自治会の定期自治委員総会が開かれた。志郎が山田委員長に尋ねた。
「どうして、こんな時期に?」
「昨年末の総会で決まっていた日程だから、仕方ないのさ」
Read more

駿河台の記者たち㊱

駿河台の記者たち[36]

長瀬千年・作

 

国会突入


 一方、昼自治会反主流派も400人を動員。全学連反主流派の学生と国民会議の統一行動に参加したあと、主流派と同じ東京駅南口で仮眠するハプニングも。反主流派は午前4時から、そのまま八重洲口入り口で座り込みに入り、乗客らに国鉄ストへの協力を呼びかけた。
Read more

駿河台の記者たち㉟

駿河台の記者たち[35]

長瀬千年・作

 

国会突入

 中大昼自治会は主流派800人、反主流派700人、それに夜自治会500人。ほかに中大の教授団も、初めて国会デモに加わったのだ。この4つのグループが国会周辺で遭遇、その様子を中大新聞は次のように伝えた。

〈午後4時、全学連主流派が第一議員会館前で抗議集会中、その前を反主流派がジグザグデモで気勢をあげて通過。主流派から「お焼香デモはやめ、全学連の指揮下に入れ」とマイクで呼びかけた〉

〈主流派は国会を一周し、首相官邸前から国会正門へ。途中で大学教職員の抗議団と出会い、互いにエールを交換した。本学からは石原商学部教授をはじめ、清水(法)、小川(経)、大原(法)各助教授ら10人が抗議団の列に加わっていた〉

〈夜自治会は日比谷公園の夜学連集会に合流し、8時ころ国会正門へ。地下鉄駅へ向けて座り込む主流派学生に、一部から「がんばれ」の声も出た〉

 国会の周囲をデモ隊に取り巻かれたそんな5月26日、国会内ではさらなる展開を見せる。こんどは参議院本会議が、会期の50日間延長を議決したのだ。

 衆議院で強行採決した新安保条約を、参議院で議決のないまま自然成立させるためである。このまま進めば、6月19日未明には、新安保条約は自然成立してしまう。 危機感を募らせた総評(日本労働組合総評議会)は、全組織に「6月4日に時限ゼネスト決行」を指令した。

 ゼネラル・ストライキとは、産業界の枠を超えた全労働者が、一斉に罷業(ひぎょう)を打つ最大級の争議手段だ。日本では終戦から2年目の1947年、当時の吉田茂首相の「労働組合は不逞(ふてい)の輩(やから)」発言に端を発し、2・1ゼネストが計画された。しかし、GHQ(アメリカ占領軍)の中止命令で未遂に終わった。

 さらに5年後の52年、破防法(破壊活動防止法)案に対し、総評が「戦前の治安維持法」として反発。基幹産業を中心に全国約4百万人が、3波に渡って政治ストを決行した。
そのころ志郎は、まだ小学生。東京で大学生活を送っていた兄三津夫が、「それでも破防法は成立した」と、悔しがっていたことを覚えている。

 現在に戻って、総評の6・4時限ゼネスト前日の3日。中大自治会は「徹夜で労働者のストラ イキ支援を」と立ち上がった。

 昼自治会主流派は午後に4百人を動員し、国会の第1議員会館前の全学連主流派の4千人と合流。国会正門前で激しく蛇行デモを繰り返し、警備の警官隊にメガホンや牛乳びんを投げ付けた。

 さらに首相官邸に押しかけ、門を打ち壊して侵入し、内側に整列していたトラックを、ロープで次々と引っ張り出し始めた。
「官邸敷地内の侵入者は、全員逮捕せよ」

 警視庁のスピーカーで指令が出ると、武装警官がデモ隊に向かった。学生はプラカードの棒や石、レンガまで投げ付けて応戦。このもみ合いで、中大の文1の男子ほか16人が検挙された。

 昼自治会主流派一行は夜、日比谷公園でゼネスト支援全都学生決起集会。中央郵便局を支援する中大と東大本郷の約千人は、このあと郵便局前で「全逓ガンバレ」とウズマキデモで気勢を上げ、東京駅南口で仮眠。翌日午前四時から、郵便局前で座り込みに入った。

―――つづく=毎週水曜日に更新します

駿河台の記者たち㉞

駿河台の記者たち[34]

長瀬千年・作

 

国会突入

 志郎が警視庁に電話を入れると、交換手から回った電話に警備部長と名乗る男が出た。志郎は2件の取材妨害の内容を説明し、相手の見解をただした。

「あの日、特別にそのような指令は出していません」
「しかし、一般紙の記者はそのままで、大学新聞の私だけが差別されたんですよ」
「その辺の事情は、私には分かりません。いずれにしても、新聞協会の加盟章がなければ、一般通行人並みの扱いです」

「あなたの氏名を教えてください」
「いいですよ」
 志郎は国会前で撮影した、装甲車上で取材する報道各社の写真を使い、2段見出し「本紙記者ら、デモ取材を制限さる」を掲載した。もちろん、末尾には警視庁警備部長の氏名入りの談話も入れた。

 警視庁公安部が中大新聞を読んでいるかどうか、さらにこの2段見出しの記事にどう反応したかどうか、志郎らには分からない。

 ただ岸内閣の指揮下の警察権力が、安保反対の大衆行動を過敏に抑制する動きに、大学新聞として及ばずながら一矢を報いた形に、志郎は「してやったり」と興奮した。

 警官隊導入によって、衆院で〈新安保〉が可決された日を境に、国民の安保反対運動は一気に盛り上がった。国会を取り巻くデモが日常化し、そのエネルギーは全国へ波及した。年端もいかない幼い子まで、街角で「アンポ・ハンタイ」とまねるようになった、とマスコミは伝えた。

 中大自治会の反安保の決起集会も、それまでの大講堂から大衆的な中庭に移された。中庭を取り囲む4階建て校舎3棟と、9階建て大学本部・教官研究室は、マイクの大音響「安保粉砕」「岸内閣打倒」「アメリカ帝国主義打倒」にさらされることになった。

「安保闘争の中で、いま本気で頑張っているのは、全学連である。あすの日本は、諸君らの手で勝ち取れ。国会を何重にも取り巻き、新安保を打ち砕け!」

 180㌢の長身から発する大声で、ひときわ学生の心を揺さぶったのが、評論家の清水幾太郎だった。著書『社会学講義』や『論文の書き方』で、当時の若者に最も大きな影響を与えていた。

 自治会の国会デモは、20日のあと23日と26日へ続いた。
「国会へ怒りの波/26日『安保反対』最高潮/本学から2千人が参加」

 中大新聞の1面トップ、4段見出しである。その隣に次の3段見出しが続いた。
「大学教授らも初抗議団/本学は石原(商)教授ら10人」
 安保阻止第16次統一行動の最終日のこの日、国会デモに約17万人が押しかけた。

駿河台の記者たち㉝

駿河台の記者たち[33]

長瀬千年・作

 

国会突入

 だが、自治会担当の志郎らは早朝から、国民会議統一行動の国会デモの取材である。志郎は雨の中、昼自治会主流派の5百人と、全学連主流派に合流した。新安保強行採決で学生たちは殺気立ち、初めて参加した日本女子大など女子たちも、びしょぬれになって「安保粉砕!」を叫んだ。
Read more

駿河台の記者たち㉜

駿河台の記者たち[32]

長瀬千年・作

 

国会突入

2 
 もう1つ、こちらの論争は感情的というより、マルクス・レーニンから発する理論の対立のように受け取れた。それにしても、活動家がまくしたてた言葉の内容くらいは、これから理解しなければ、と志郎は恥じ入った。

 そうこうしているうちにも、安保阻止闘争の緊迫度が、ビンビン伝わるようになってきた。一般紙は群馬商工連加入商店600軒が、一斉に閉店ストなどと伝える。1千万人の安保反対署名をめざす国民会議の請願デモでは、衆参両院が226万人の署名を受理~などと報道された。
  Read more