駿河台の記者たち55

  

駿河台の記者たち[55]

長瀬千年・作

 

夏から秋の学習
 6
「志朗さん、ご苦労をかけますね」 
 昼休みに皆で車座になって自前の弁当を食べていると、冷えたスイカを持参した文溪堂の奥さんが、笑顔で声を掛けて来た。細身で品格を漂わす、美形の若奥さんである。

 志朗の家の近くの裏手に、こざっぱりした庭付きの居を構えている。志朗は定期的に、雑誌「暮らしの手帳」と「婦人公論」を届け、子供ながらに美形の奥さんにあこがれていた。
 大学生になり、しかも学生新聞の世界で少し世慣れした志郎は、初めてその奥さんに話し掛けた。

「いいですね。東京ではなく、この岐阜で学校の教材づくりをされているなんて。驚きです」
「夫のおじい様が、実は明治時代から手がけた仕事なんです。将来は小学校の教科書づくりをと、がんばっているんですよ」

 志が高く、頼もしい文溪堂である。日本で教科書を制作し、文部省のお墨付けを得るとなれば、並大抵の苦労ではあるまい。しかしその労苦をいとわず、挑戦しようとする文溪堂に、志朗は拍手を送りたいと思った。

 そんな文溪堂の志に鼓舞されたのか、志郎は自宅に戻って夕食のあと、真面目に自分の部屋の机に座った。夏休み中に読破するぞーと、東京神保町で買った、日高六郎著「現代イデオロギー」である。帰省の列車の座席で読み始め、わずか2ページ足らずで眠ってしまった。

 改めて本を前にした。ハードカバーの重厚な装丁で、厚さ3センチ余。9章建てで「イデオロギーと社会」「個人と社会」「大衆社会」「学問と思想の多様性」「戦後思想」などと続く。全編568ページの大論文である。もともと何も分かっていない志朗だから、マルクス経済学の「資本論」や、ロシアのレーニン主義よりは取っ掛かり安かろう、と手にしただけである。

 確かに題名通り、日本の社会状況を例示しながら、政治的・社会的な物の考え方を論証しているから、興味はそそられる。しかし、漱石や鴎外の小説のように、フムフムと次のページを進んで繰っていくことは出来ない。この種の本に初めて接した志朗は、この日も結局、2ページも進まないうちに瞼を閉じてしまった。

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