駿河台の記者たち52

駿河台の記者たち[52]

長瀬千年・作

 

夏から秋の学習


「この本屋、これからも父ちゃんと母ちゃんで続けるの?」
「それはねぇ。そのうち満輝と嫁の美与子が名古屋に転勤願いを出して、ここから勤めに出てくれるというから、安心してるの。やっぱり長男はいざという時、頼りになるもんねぇ」

 長男の満輝は3年前に結婚。名古屋が本店の銀行員で、今は愛知県下の支店勤務だ。話はこのあと、志朗の東京の生活から、今回の帰省の途中で見たオリンピック関連工事などに進んだ。

「それにしても、東京―大垣間に準急『東海』が走るようになって、随分と楽になったよ。新幹線が完成したら、今の東海道線はどうなるのかなぁ」
 志朗がそこまで話すと、これまでずっと黙っていた父親が、いきなり声を荒げた。
「おまえ、その準急に乗って来たのか」

「そうだよ」
「贅沢(ぜいたく)だ! 学生の分際で準急なんて、許さん。鈍行に乗れ!」
〈父ちゃん、準急の料金、たった100円だよ。ラーメン2杯分…〉
 志朗はそう言い訳しようとしたが、止めた。言い出したら聞かない相手に、油を注ぐようなものだから。

 志朗はそれから自宅にいる間、父親の前ではタバコは吸わないことにした。それは兄三津夫が大学1年の夏休みに初めて帰省し、父親の前で覚えたてのタバコを、自慢げにぷかぷか吸った。東京で元気に学生生活を過ごしている姿を、父親に見せたいという息子心だったらしい。

 ところが豈(あに)計らんや、父親から物すごい剣幕で一喝された。いわく「おまえを東京の大学に行かせ、毎月仕送りするため、おれは好きなタバコをやめた。それなのに、おまえは!」と。志朗は三津夫から聞いていたこの〈タバコ事件〉を思い出し、触らぬ神にたたりなし、と知恵を回したのだ。

 4男坊の志朗はこの18年間、長兄・次兄・三兄と親のやりとりをずっと観察して、親といかに諍(いさか)いを起こさず立ち回るか、を会得してきた。それにしては、準急「東海」でオヤジの雷を受けたとは。うかつなミスに、志郎は苦笑するほかなかった。

―――つづく=毎週水曜日に更新します

Comments are closed.