駿河台の記者たち51

駿河台の記者たち[51]

長瀬千年・作

 

夏から秋の学習

 準急「東海」は東京を出て、間もなく5時間。志郎はさすがに腰のあたりに痛みを覚え、立ち上がって大きく両手を広げた。名古屋を離れて木曽川を渡ると、ふるさとの岐阜だ。前方に見慣れた金華山と、山頂付近の岐阜城がぼんやり浮かんだ。大学進学で東京に出てまだ3ヵ月余だが、志郎の脳裏にふるさとの人々の顔が浮かんだ。

「ただいま」
「遅かったね。7月も、もう一週間経ってるのに」
「大学で新聞の活動、あったから」
「あのねぇ、文溪堂がアルバイトを頼みたい、と待ってたのよ。大丈夫?」

 志朗の両親は岐阜の繁華街、柳ケ瀬近くの商店街で、小さな書店を営んでいる。店番をしていた母親が、帰ったばかりの志朗に告げたのだ。文溪堂は戦前から岐阜で、小学校向けの副教材を編集・発行している個人事業者で、志郎は東京へ出るまで、その自宅へ注文された雑誌を配達していた。

 母親が志朗のバイト先を口にするということは、この夏の本の配達の手伝いはないらしい。志朗はホッとすると同時に、大学生になった自分が初めて一人前扱いされたようで、うれしかった。

 志朗は文溪堂に電話した。バイトは小学生用のドリル教材を、各校ごとに梱包する作業だという。人手が足りないらしく、志郎は翌日から作業に加わることになった。作業所は長良川を渡った忠節橋の左、島地区だという。
 そんな時、父親が配達から戻った。

「来てたのか」
 男親と四男坊の会話は、たったそれだけ。夕食となった。3人の話題はまず、二男三津夫と亜津子との結婚から入った。
「式と披露宴、11月3日の文化の日よ。三津夫が会場を岐阜市公会堂、と決めてくれたの」
「じゃあ、僕も来なきゃ行かんねぇ。それより、東京へ戻ったら、すぐ僕の引っ越し先を探さないと」

「それよ。三津夫が同じ部屋に住まわせるーというから、おまえを東京に出したのに、半年で結婚すると言うんだからね…。なんか、しっくりいかない」
 三男を結婚で手放す寂しさもあるのか、母親の恨み節がしばし続いた。志朗は話題を変える必要に迫られた。

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