駿河台の記者たち㊿

駿河台の記者たち[50]

長瀬千年・作

 

夏から秋の学習


 60年安保は終焉(えん)した。それはあたかも挫折と倦怠の中で、満ち満ちた波が一気に引いていく海を、ぼんやりと見ているふうでもあった。しぼんだ世の中はこれから、再び満ちることがあるのか。言いようのない空虚の中で、志朗は東京駅から準急「東海」で親元の岐阜へ向かった。

 車両の天井で、うなりを立てる扇風機。都心の街並みをぼんやり眺め、いくつか鉄橋を渡った。横浜に近づいたころか、志郎はボストンバッグから、日高六郎の「現代イデオロギー」を取り出した。夏休み中に読破―と決めた本である。開いて行を追うと、行動する東大教授の評判どおり、論理的な展開が小気味よい。安保の敗北の中で、勇者を得た。そんな安心感に包まれた。

 だが、もとより小説ではないから、志郎の脳内には吸収されにくい部分が多い。志朗は何度も目をこすったが、ものの十分も経たないうちに、結局はレールの振動を子守歌がわりに、座席の上で船をこぎ出した。周期的に当たる扇風機の涼風も心地よい。

 志朗は車中のざわつきで、目を覚ました。右前方に、富士山が姿を現したのだ。まるでいじけた身心を、ほほ笑みながら優しく引き伸ばしてくれるような、雄大な富士に志朗は見とれ、しばしうっとりした。と、その手前の田園に、数キロ間隔で立つ大看板と、鉄筋コンクリーとの橋脚や造成中の長い盛り土が見え隠れした。

「ようやく、工事も動きだしたねぇ」
「東京オリンピックまで、あと3年」
「それまでに、完成できるのかなぁ」

 向かいの2人の話で、窓外に見える工事が東海道新幹線の線路と、東名高速道路だと、志郎にもすぐ理解できた。東京では安保の熱気で目立たなかったのか、志郎はまだどちらの工事にも、気づいていなかった。

 日本で初めて、いやアジアで初めて開催する東京オリンピック。太平洋戦争で打ちひしがれた戦後から、めざましく復興した日本を、世界へ紹介するスポーツと平和の祭典である。しかし、志郎には素直には喜べない。
〈安保のあとは、オリンピックで大騒ぎか。いい気なもんだ〉

 国会周辺を幾重にも取り巻き、日本列島を揺るがした反安保と、民主主義擁護を訴えたあの国民的高揚―。東京オリンピックはそのエネルギーを、むざむざとかき消す政府の回し者ではないのか。志朗はそんなふうに、斜に構えるほかないのだ。

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