駿河台の記者たち㊾

駿河台の記者たち[49]

長瀬千年・作

 

国会突入
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 この安保特集は夏休み中だから、印刷は最低の1000部となった。会室に戻って、皆で新聞を見始めたときだった。
「あれっ、この『反対制運動への提案』の大見出し、『反体制運動』の間違いだろう」
 東大大学院生の原稿の見出しに、誤りを見つけたのは取材部長の伊田だった。

「そうだね。〈体制に反対する〉という用語だから、〈反体制〉だね」
 呼応した優内が、さらに新たに指摘した。
「昼自治会のこの『半ストも辞さぬ』も、ハンガー・ストライキの略だから、漢字の〈半〉ではないね。『ハン・スト』だよ。長良君、ちょっとミスったねぇ」

 2つの見出しの誤りを聞いて、志朗は全身で赤恥を覚えた。〈反体制〉を〈反対制〉と間違えたのは、志朗が〈反体制〉の用語を知らなかったため。〈半スト〉の誤りも、本来の〈ハンガー・ストライキ〉の短縮形と知らず、勝手に〈部分的スト〉→〈半分のスト〉→〈半スト〉と処理したのだ。

「スミマセン。夏休み中にじっくり勉強し直します」
 志朗は周りにいた会員に、深々と頭を下げた。
「間違いはだれにもあるよ。校正のときに見つけられなかった我々にも責任がある。筆者には僕からお詫びの手紙を出しておくから、もう気にしないで」
 優内編集長はどこまでも優しく、心が広い。

 新聞を発行したあとの作業は、学内の無料配布である。志朗らは手分けして総長室以下の理事や学部長、自治会や学友会を回った。今回は夏休みで立ち売りできないから、特別に教授らの研究室と大学の各事務室、校舎地下のサークル室にも入れた。大サービスである。

 事務の河邨さんは、地方の定期購読者と広告スポンサー宛てに、第3種郵便物の認可を得た帯封を巻いて郵送だ。万事作業を終え、仲間はそれぞれ散った。志朗と優内編集長だけが残った。

「小腹がすいた。少し早いが夕飯にしよう」 
 優内は志朗を誘って、小川町交差点近くのうなぎ屋に入った。志朗がウナギにありつくのは、生まれて初めて。見出しの間違いを犯した新人を、さりげなくフォローする編集長に、志朗はただただ首(こうべ)を垂れるほかなかった。

「僕、これから本屋に寄っていきます。ごちそうさんでした」
 志朗は神保町の本屋街に走り、店内で平積みになっていた、東大新聞研究所教授・日高六郎著『現代イデオロギー』(勁草書房)を、大枚1000円をはたいて買った。厚さ3㌢もある大著だ。

 日高は非共産党・非マルクス主義で知られ、学問と実践を一致させる活動を積極的に推進。特異な官学アカデミズムとして、当時の新聞・雑誌に多く登場していた。志朗は日高六郎に、あこがれていた。
「よし、これを夏休み中に読破するぞ」  

―――つづく=毎週水曜日に更新します

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