駿河台の記者たち㊶

駿河台の記者たち[41]

長瀬千年・作

 

国会突入
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〈7時、ついにトラック1台を引きずり出し、東大、法政、中央、明治大の300人が構内へ突入。警官隊は狂ったように、学生たちを殴って蹴る。後ろから押されて引き下がれない学生たちは、無防備のまま、こん棒の雨に倒れて血を流す。みるみるうちに負傷者が増え、助けを求める悲鳴。その上を警官が踏んでいく。もはや肉と肉との激突だ〉

〈7時半、構内の警官隊が後退した隙に、全学連宣伝カーと1万人の学生が入構。集会で気勢を上げるさ中、全学連のスピーカーから「女子学生の1人が死亡」と告げられた。「人殺し警官!」の怒号が渦を巻き、そのあと1分間の黙とうが捧げられた〉

〈10時すぎ、警官隊と再び衝突。装甲車に火が付き、学生は門外へ押し出され、血と泥の学生たちは国会周辺で右往左往。幹部が「座り込もう」と悲痛な声で指示しても、学生数は減る一方。路上のトラックに次々と火が付き、赤い炎が議事堂を照らす。零時ころ、正門付近に集まった学生に催涙弾が放たれ、逃げる学生と追う警官。こんな状態が、とどめなく続いた〉

 そして、一方の志朗である。夜自治会は国会前で全学連反主流派などと合流。集会を開く会場で、口伝えで「女子大生一人が死んだ」の情報が伝わった。だが、この集会では公式には伝えられず、夜10時すぎに銀座方面へ流れ解散となった。

「志郎、大丈夫だったの? 心配してたのよ」
 部屋を暗くしてラジオ中継を聞いていた母が、戻って来た志郎に声を掛けた。父は日光の日帰りで疲れたのか、すでに布団の中だった。兄の三津夫が伝えた。

「国会に突入して亡くなった女子大生、東大4年の自治会副委員長の樺美智子さんだってよ。父親は中大教授の樺俊夫だそうだよ」
 志郎はこのとき初めて、死亡した女子大生の氏名などを知った。
   
 両親は翌日、岐阜へ帰った。別れ際、母が志朗に小声で話した。
「10月に三津夫、隣部屋の亜津子さんと結婚するんだよ。それまでに、間借を探して移らんとねぇ」
「へぇ、そうなんだ」

 志郎はこのとき初めて、両親が上京した謎が解けた気がした。三津夫から結婚話を聞き及び、東京見物と称して彼女の人品を確かめに来たんだ。「10月に結婚」ということは、ともあれ親が承諾したわけで、良かったじゃないか。

 三津夫との同居が御破算になり、月々の部屋代の支払いはかさむが、その分、一人部屋で好都合というものだ。そんなふうに考えた志朗だが、しかし今はそれどころではない。

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