駿河台の記者たち㊵

駿河台の記者たち[40]

長瀬千年・作

 

国会突入

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 この日の志郎の担当は、夜自治会の全学スト以降の取材。しかし、60年安保の最大のヤマ場だから、年齢を重ねた両親との日光見物行きを振り切ってきたのだ。志朗は罪滅ぼしの意味も込め、昼自治会主流派の国会デモも応援取材した。

 中大周辺は昼前から、国会デモを促す巨大なスピーカー音が鳴り響いた。午後3時、昼自治会主流派の1千人が明治大と共に国会正門へ。約2万人の集結となった全学連主流派、さらに労組員、演劇人、一般市民らが続々詰めかけ、11万人が国会を取り囲むことになる。

 主流派は東大、中大、明治の順で国会周辺を2周し、警備が手薄と見られた南通用門でストップ。身動きの取れない混雑のなかで、シュプレヒコールの絶叫が繰り返される。

「構内の集会は、我々の権利だぁ!」
「そうだぁ!」
 志郎はここまで見届け、夜自治会の全学ストの取材に戻った。実はこのあと、この南通用門で大事件が起きる。その詳細はこのあとでー。

 夜自治会は大学の各通用口門にピケを張り、5時きっかりにストは決行された。よく見ると、日ごろ反目する昼自治会の主流と反主流の学生だが、その彼らが仲良く、夜自治会のピケ要員の支援に加わっていた。志郎はそのうるわしい光景に、思わず目頭をうるっとさせて慌てた。だが今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。

 ストの開始直後、一部職員が通用口で学生を敷地内に入れようとした。ピケ要員はそこに走り寄り、大声を上げた。
「職員の干渉は不当だ。大学の学生自治に反する」
 職員は、すごすごと手を引いた。

 すると、こんどは「授業に出たい」と、南門周辺の低い柵を超える学生が何人か出た。ピケ隊は慌てて教室から机を運び込み、その場に積んで学内への侵入を防いだ。
「彼ら、運動部の連中や。大学に頼まれて、スト破りするつもりなのかなぁ」

 ともあれ、全学ストはそれ以上の混乱はないまま、午後7時に解かれた。夜自治会は大講堂前で決起集会を開き、800人が混乱を極める国会周辺へ向かった。

 さて、南通用門前の主流派のその後の動きだ。以下は今図らが取材し、中大新聞に掲載した内容の抜粋である。

〈午後5時半、1人の学生がペンチで門の有刺鉄線を切った。扉がはずれ、内側から警官隊がこん棒を振りかざし、飛び出してきた。旗ざおやプラカードで応戦する学生。やがてコブシ大の石などの雨。警官隊が退く間に、トラックをロープで引き出し始め、4~5人がトラック上で火を付けた。これを機に、警官隊は学生に容赦なく放水〉

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