駿河台の記者たち㊴

駿河台の記者たち[39]

長瀬千年・作

 

国会突入


 小腹を透かした志朗が、中野駅前の立ち食いそば屋に寄り、間借り部屋に着いたのは、もう夜十時だった。その少し前に戻ったらしい兄三津夫が言った。

「オヤジとオフクロ、あさって、東京見物に出て来るって、手紙が届いた」
「あっ、そう」
「お前、仕送り受けてるんだから、1日か2日、どこか案内してやれ」
「いいけど…」

 三津夫から両親の東京見物の案内を頼まれ、志朗は頭を抱えた。両親が到着するのは、安保阻止闘争最大のヤマ場、15日の2日前だ。ひょっとしてこの世の中、どうひっくり返るか分からないそんな時、両親の東京見物の案内とは―。

〈どう、やりくりすればいいんだ?〉
 両親は予定どおり東京駅に着き、三津夫が会社を早引きして迎えに行った。志朗が珍しく明るいうちに戻ると、三人は出前の寿司を食べたあとだった。

「志朗の分もあるぞ」
「ラッキー。父ちゃんたち、東京はどこを見たい?」
「鎌倉と泉岳寺と…日光」
「源頼朝と赤穂浪士、それに家康だね。全部、時代劇の名所だ」

 翌日、志郎は両親を連れて、東京駅から国鉄の電車で鎌倉駅へ向かった。帰りに浜松町駅近くの泉岳寺に寄り、三津夫が退社する前に勤務先の主婦の友に着いた。あすの取材体制の打ち合わせがあるため、三津夫に両親を託すためだ。

「おれ、これから新聞学会なんだ。今夜は少し遅くなるから。めしは要らないよ」
 志郎が両親の前で堂々と「新聞学会」と言えたのは、前夜、三津夫が中大新聞のことを報告。新聞記者志望だから、就職試験の時に有利~などと、巧みに吹き込んでおいてくれたおかげである。

 さて、6・15の朝。志郎は日光へ行く両親を、東武日光線の浅草駅まで送った。
「一緒に乗って行こうよ」
 母は改札口で志郎に、憐みの眼差しを送った。一瞬、志郎はぐらついた。
「ごめん。きょうだけはどうしても、大学に行かなきゃいけないんだ」

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