駿河台の記者たち㉜

駿河台の記者たち[32]

長瀬千年・作

 

国会突入

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 もう1つ、こちらの論争は感情的というより、マルクス・レーニンから発する理論の対立のように受け取れた。それにしても、活動家がまくしたてた言葉の内容くらいは、これから理解しなければ、と志郎は恥じ入った。

 そうこうしているうちにも、安保阻止闘争の緊迫度が、ビンビン伝わるようになってきた。一般紙は群馬商工連加入商店600軒が、一斉に閉店ストなどと伝える。1千万人の安保反対署名をめざす国民会議の請願デモでは、衆参両院が226万人の署名を受理~などと報道された。
 
5月13日、昼自治会は大講堂で千人の学生を集めて総決起集会。全学連主流派と合流し、国会前から警視庁へ向けて渦巻きデモを展開した。

 一方、夜自治会は翌14日、国民会議の第16次統一行動に合わせて400人を動員。国会で社会党代議士に請願書を渡した。自治会担当の志郎は、今図らと二日間とも取材した。

 安保改定問題がよもやの急展開を見せたのは、19日深夜の衆議院だった。1ヵ月後のアイゼンハウアー米大統領の訪日に合わせ、安保特別委が午後10時25分、自民党単独で突然の強行採決。

 11時7分、警察官500人が国会内に導入され、屈強な右翼青年たちを動員した自民党公設秘書と共に、反対する社会党議員を排除。翌日午前零時6分、自民党単独で衆院本会議を開会し、討論なしで12分後に〈新安保条約〉は可決された。

 これらの動きをニュースで知った約3万人が、深夜の雨の中を駆け付けて国会を包囲した。うち1万人は午前4時まで、座り込んで抗議を続けた。

「許せない。国会に警官隊を導入するとは」
「もはや、民主主義の崩壊だ」
 志郎らは口々に岸内閣を罵りながら、新聞学会に出向いた。

 敗戦後の日本で、志郎らは初めて小学校の時から民主教育を受けて育った。悲惨な戦争を2度と繰り返してはならないと、理想に燃えている青年期だから、政府与党の暴挙に大きな失望を覚えたのだ。

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