駿河台の記者たち㉗

駿河台の記者たち[27]

長瀬千年・作

 

中央大学新聞

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「2面のもう一本の依頼原稿、連載の『私の研究』はどうなっている?」
「法学部教授の田村幸策〈外交史〉で、もう届いてます」
「あぁ、我々の顧問ね。次回だったのか。内容は分かり易い?」
「まぁ、まぁです」

 『私の研究』は、学内の教授や助教授に、専門分野の研究テーマを面白く書いてもらう連載だ。 大学新聞ならではのアカデミックな企画だが、人選を間違えると、チンプン力ンプンな難解な文章が届くから、大変らしい。

 今回の田村幸策は元外交官で、いくつか大使を歴任した長老らしい。そんな大物が、新聞学会のサークルの顧問だと知らされ、志朗たちはさらにびっくりさせられた。ただ、原稿のでき具合を確かめられ、顧問の大先生に対し担当者から「まぁ、まぁです」の答えが返ったから、編集会議の座に爆笑が起こった。

 最後は新作映画の紹介。今回は仏・伊合作のルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』。 映画館で鑑賞して情感たっぶりに書くのなら、 おれにも出来そうと、志朗は次回以降の担当を人知れず期待した。

 紙面打ち合わせが終わり、最後は新人7人の当面の取材担当が告げられた。志朗は玉川と共に今図の指導下で、昼と夜の自治会を回ることになった。

 かくして志朗の中大新聞初日は終了した。と思つたら、自治会担当キャップの今図が、かっこよくベレー幅をかぶり、 志朗と玉川を近くの喫茶店に誘った。
「本当は居酒屋で乾杯するんだろうが、俺、酒がだめなんや。それより~」

 店に入ってコーヒーをすすると、なんと今図は2人にささやいた。
「体育の授業な、実は出席できなくても、単位を取れる手があるんよ」
 志朗と玉川の顔がほころんだ。

 耳を澄まして聞くと、応援団の部室に学内の体育系を取り仕切る大ボスがいる。彼に日本酒を1本持参し、新聞学会のだれそれと名乗って、体育の教師の名前を告げて頭を下げれば、単位取得の便宜を図ってくれる~というのだ。

 応援団といえば今し方、暴力沙汰で学内問題になっている、と聞いたばかりだ。ちょっと腰は引けたものの、こんなおいしい誘惑にはやはり勝てない。照れながら志朗は、自らを正当化する屁(へ)理屈を1つこねた。
「清濁併せ飲む~も、新聞記者の修行の1つですよね」

 授業ごとに語学の出欠を取る英語と独語は、級友に代返を頼めたし、体育の出席もこれで目途がついた。志朗は自らの星の巡り合わせの良さに、感謝した。

それにしても、象牙の塔と呼ばれる大学の中に、体育の授業の出欠に関与でき、学生の単位取得も操れる大ボスがいるとは、これまた驚きである。どんな風体の、おじさんだろうか。
〈この大学、一体何がどうなっているのか〉
 志朗は早くも、新聞記者魂を大きく揺さぶられた。

―――つづく=毎週水曜日に更新します

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