駿河台の記者たち⑲

駿河台の記者たち[19]

長瀬千年・作

 

中央大学新聞

「新聞学会は1号館1階、学務室の奥だよ」
 志朗は1階に上がり1号館の学務室を抜けると、確かに「中央大学新聞学会」と木製の古い看板が、麗々(れいれい)しく架かっていた。用度課の隣だった。

 えっ? 校舎の1階は、教室以外すべてが大学の事務室スペースなのに、なぜ新聞学会だけこの場にあるのか。志朗は首をかしげながら、会室に入った。

 入り口の横奥に事務机がひとつ。30歳前とみられる女性が、ジロリとこちらを見た。事務員のようだ。学生サークルの部屋に、なぜ受付の女性事務員が居るのか。志朗の疑問はさらに募った。

「入会試験用の履歴書です」
 志朗はいぶかりながら書類を渡し、 部屋の中を見た。 中庭に面していて、学生の行き交う様子が見て取れる。

 その窓の手前で背広姿の学生1人が、ちらりと視線だけを向けた。部屋には6~7組の事務机が配置され、コーナーごとに電話があった。別室もあるらしく、ドアが見えた。全体がきれいに整頓されていて、乱雑が代名詞の普通の大学サークルとは異なる雰囲気である。

 それから3日後が、中大新聞の入会試験の日だ。1講目の授業を終えて廊下を歩くと、いつもの薄暗い場所で中大新聞が売られていた。10日に1度発行の最新号だろう。 このあと入会試験を受ける身だから、 試験間題のヒントがあるかもと、打算も手伝って10円玉を出して買った。

 新聞は〈4月25日発行、第550号〉になっている。正常の発行期日より、5日遅れのようだ。欄外に小さく「昭和8年x月x日第3種郵便物認可」 の表記がある。 へえー、郵政省の第3種郵便物の認可を得ているとは、一般の日刊紙並ではないか。歴史も昭和の初期のようで、相当に古い。ただごとならぬ学生新聞だ、と志朗は少し緊張した。

 それよりも何よりも、1面トッ.プの記事を見て驚いた。 4日前に志朗も加わった〈4・26安保反対国会デモ〉が、大きく扱われている。見出しは「全学連完全に分裂/本学・検挙1、負傷10余人」。中大生が1人検挙され、けが人も出たことを初めて知らされた。 購読している一般紙では知り得ない、大学新聞ならではの詳細な情報である。この記事を掲載するため、発行が遅れたのか。

 記事を読むと、「検挙されたのは藤沢慶久君(文5=社学同書記長)」とある。文学部5年生の活動家だ。4年で卒業なのに5年生とは、自治会活動に身を入れて、1年間の居残りとなったのだろう。さらにその記事は、学内関係の負傷者として、「大錦啓二郎(頭部打撲)~」など6人の氏名と負傷の様子まで列挙してある。

 大錦といえば、志朗たちにクラス授業放棄をオルグした昼自治会委員長だ。1度しか会っていないが、知っている人物の名前と行動を知らせる大学新聞に、志朗は親近感を覚えた。ぜひ入会したい、と気が逸(はや)った。
 
―――つづく=毎週水曜日に更新します

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