駿河台の記者たち⑬

駿河台の記者たち[13]

長瀬千年・作

 

60年安保

〈女子皆無〉で気もそぞろな教室内だが、ともあれ英語の授業は淡々と進んだ。教師が極めて事務的に、前の席から順番に英語テキストを読ませていると、教室のドアが開いて、1人のジャンバー姿の学生が入って来た。

「今日の授業はここまでー」
英語教師は、ここでもごく事務的に引き下がった。代わって、ジャンバー姿の学生が教壇に立った。

「昼の学生自治会委員長、大錦です。当面の学内問題と政治間題について、新1年生の皆さんに理解と協力を訴えるため、教室を回っています」

 昼白治会のオルグ活動だ。政治問題とは、近ごろにわかに騒がれ、 学内にも自治会などの大看板がいくつも立っている〈日米安保条約批准阻止〉だろう。だが、学内問題とは何か。志朗ならずとも、皆が耳を傾けた。

「皆さん、この大学に入って、学生の多さにびっくりしたでしょう。いま1番の問題は〈後楽園新校舎〉の建設計画が、ずっと頓挫したままということです」

 後楽園校舎は御茶ノ水駅の一つ隣、国鉄中央線の水道橋駅から従歩15分。地下鉄丸の内線の後楽園からなら5分。創設されてまだ10年余の工学部と、文学部の本拠地だ。その運動場に新校舎を建てるというのだ。

 そこなら前の週、志朗も体育の時間に行って知っている。すぐ近くに、徳川八代将軍吉宗が設けた小石川養生所と、薬草固が現存していて驚いた。自然が残った閑静なエリアである。

 問題は建設計画の頓挫だ。大錦委員長の説明では、第1の原因は、学内最高決定機関の評議委員会が可決したにもかわらず、2年間以上うやむやのまま。オンボロの木造校舎はミシミシと揺れ、雨が降れば雨漏り。両学部の学生たちは「〈文工〉ならぬ〈分校〉扱い」と悲鳴を上げているという。

 第2は、〈首都圈既成市街地における工業等の制限に関する法律〉の制定。果たして新校舎建設が認可されるかどうか、新たな間題も上がってきているという。

 第3は、そういう状況下で、なんと理事会が大学の移転先として、南多摩の由木村の広大な土地とか、埼玉県の朝霞米軍キャンプ地を物色・打診している、というのだ。

「腰の定まらない、あきれた大学経営。我々は経営を任されている理事者を、厳しく追及していかなければならない」

 聞いていて志朗は、理工学部と文学部の劣悪な校舎の改善もさることながら、この大学の狭隘な環境そのものが、根源的な問題としてあるように思えた。それよりも何よりも、後楽園校舎の改築を巡って、大学経営者と教授ら教員の対立があると知って、新鮮な驚きを覚えた。

 大錦委員長の話は〈安保問題〉に移った。とたんに教室内は「くどい!」という雰囲気に変わった。それでも、自治会委員長はめげない。
「4月26日は、安保改定阻止の第15次統一行動日。 国会請願デモに中大も参加すべく、各クラスで討議を進めてほしぃ」

 そのための方策として、まず皆で自己紹介をして、クラスの融和を図ろう~ときた。大錦が「法学部法律学科3年、束京都出身」と名乗った。前年の1959年12月、昼自治会の連合自治委員会で初めて選ばれたという。

―――つづく=毎週水曜日に更新します

Comments are closed.