駿河台の記者たち②

駿河台の記者たち[2]

長瀬千年・作

 

プロローグ

 東京行き快速電車は、左真下に神田川を望む4番線に着いた。右内側は千葉方面へ、その向かいホームは中野と結ぶ鈍行の総武線。さらにもう1本奥のホームは、中野と三鷹方向に進む総武線鈍行と中央線の快速である。それぞれの電車から降りた乗客が、反対側の同じホームでそのまま、同じ方向に進む電車に乗り替えられる仕組みなのだ。

「さすが、大東京」

 田舎からぽっと出の志朗は、直感的に御茶ノ水駅の機能性を見て取った。

 進行左側を見れば、20メートルほど直下は神田川の水面下である。逆に一番線の外側はコンクリート製の擁壁でさえぎられ、10数メートル頭上に飲食店などの屋根が見え隠れしている。

 御茶ノ水駅構内は片や神田川、もう一方は崖を支える擁壁で、双方の上下差はなんと30メートルほどにも及ぶ。その極少の崖地に、無理やり線路4本とホーム2面を設けた感じだ。大量の勤め人と学生の乗降でごった返す駅なのに、ホームの幅がえっ?と思うほど狭いのもやむをえない。

 その狭いホームで、10両編成の電車のドアが開いた。 志朗は車内の乗客と一緒に吐き出され、ホームは人の群れで溢れた。もしその時、反対側に総武線の電車が入ってきたらー。ホーム上の恐怖と混乱は計りしれないだろう。

 だが、御茶ノ水駅でまだほんの数回しか乗降したことのない志朗だが、この駅のホームではどうやら、中央線と総武線の電車が同時に顔合わせしないよう、電車の発着ダイヤを調整しているようだと気づいた。志朗は国鉄のその思いやりの心根に、なぜか我が事のようにうれしくなった。

「なるほど、〈必要は発明の母〉、いや〈窮すれば通ずる〉か」

 川と崖に挾まれた狭小な駅ホームで、大量の乗降客を手際よくさばく御茶ノ水駅―そのけなげなさを褒め称えてやりたくて、志朗はとっさに、自らの慣用句辞書からそれらしい語句を引き出したのだ。

 志朗が御茶ノ水駅の機能に人並み以上の関心を抱いたのには、1つには子供のころからの鉄道好きであること。 もう1つは、ひとたび気になると、とことん探求してみたくなる性癖も起因しているようだ。

 あれは、小学校3年のころだったか。戦後の経済復興のなかで、地元を走る市電路線が拡充され、中心街の十字路でチンチン電車が東西南北に交差して走り抜けるようになった。志朗は夕刻時、自転車でその交差点まで見に行った。次から次と繰り出す市電と車、自転車と人の波が、信号の点滅に従って律儀に動く。その様相に志朗は計り知れないエネルギーを感じ、 興奮して見入った。

 なかでも志朗の目を釘付けにしたのは、初めて知った右折電車の工学的原理である。直進する電車は青信号でそのまま進むが、右折する電車は、いったん「→印」信号を待つ。その信号が表示されると、なんと電車の前の直線レールの継ぎ目が自動的に右に移動し、電車はレールのカーブに沿って右に曲がっていくのである。

 〈なるほど、なるほど、頭の良い電気自動仕掛けや〉。この仕掛けの虜になった志朗は、 その場で何度も右折電車を待ち、正確に作動する信号の右折表示とレールの右移動を確認。右に曲がっていく電車を見送った。志期はもはや、 右折電車の信号レールの作動確認作業員になりきった心地で、とっぷり夜がふけるまで見守り続けた。

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