新企画!ご当地紀行1/47 長野県大鹿村

ー山から採れる不思議な塩ー
 塩の生産は、海水を利用することから、そのほとんどが海沿いで行われている。かつては、塩がたいへん重宝されており、内陸部に塩を届けるために、千国街道や三州街道などの「塩の道」が利用され、人力を使ってはるばる運ばれていた。

 そんな中、原田芳雄の遺作・映画「大鹿村騒動記」の舞台にもなった長野県の南部に位置する大鹿村では、海からはるか離れ、深い山に囲まれているにもかかわらず、塩の生産が行われているという。岩塩ではない形で塩の生産を「内陸で」行っているのは、日本で唯一この大鹿村だけだ。

 大鹿村には、海水と同じ濃度の強い塩水が湧き出ている場所があり、その塩水を大きな塩釜で1日半ほど煮詰めて、塩を取り出す。山塩はキメが細かく、真っ白でさらさらしている。海水由来の塩と比べ、ミネラル分を多く含みほんのり甘い感じがする。口当たりが柔らかいことから、焼き魚や天ぷらの最高の引き立て役だ。そのほか、塩分を含んだ温泉も大鹿村には存在し、肌触りが柔らかいため、保湿効果が高いとこちらも人気である。

 なぜこのような山奥で、塩水が出ているのか。それは現在でも不明であり「大鹿村七不思議」に数えられているという。しかし、塩づくりは千年以上も前からずっと行われてきた。太古の昔、信濃の国を開拓した建御名方命(たてみなかたのみこと)がこの地に狩りをしに来た時、鹿が多く集まっている水場を調べてみると、塩泉だったことからこの山塩の発見につながった。その名残から、大鹿村には「鹿塩」という地名がある。

 塩分を与えると良馬が育つことから、大鹿村には多くの牧場が作られ、重要視されていた。江戸時代に入ると、「塩壷(しおつぼ)」を使って、本格的に製塩するようになる。それとともに、村人にとっても不可欠な存在として、煮物や漬物、味噌や醤油の製造に必要なものとして定着していった。

 大正天皇のご成婚の際には、献上品として食品は絶対に受け付けられないという決まりだった。しかし、その珍しさから特例として、山塩が献上されたこともある。

 製塩事業法により、塩作りが中断されていた時代もあったが、山塩はこの村とともに歴史を刻んできた。

 この山塩は、村の直売所などで購入できるという。自然の神秘や歴史を感じながら、山塩を味わってみるのも面白い。興味のある方は、信州に旅行に行った際、訪れてみてはいかがだろうか。

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