第七回 日本の中心で世界を歩く~駐日バーレーン王国大使館

アハメッド・アルテライフィ二等書記官
<ご略歴>2007年6月ヨルダン大学政治学部卒業。2007年10月バーレーン王国外務省入省(三等書記官) 。2009年8月より在京バーレーン王国大使館にて次席として執務し、2013年4月より現職。

 東京にある大使館をめぐり、世界との相互理解を深めようという趣旨から始まった本連載コーナー「日本の中心で世界を歩く」の第七回目となる今回は、駐日バーレーン王国大使館に取材をお願いした。

 以下にその模様をご紹介するが、昼食をはじめとした厚いおもてなしをして下さった大使館関係者の方々には、本誌面上にて改めて心からの感謝を申し上げたい。

 
―日本に於けるバーレーン大使館の活動は。
「バーレーン大使館は2005年に設立されました。当大使館の究極の目的としては、経済や商務、教育等のあらゆる面で、日本とバーレーンとの関係をより良いものにする事です。そして、この目的を達成する為に、我々は日本の社会に於いて、非常に活発に存在感を示して行こうと考えています。我々は日本のNGOや大学、文化機関等とも関係を築いていますので、一口に日本とバーレーンとの関係と言っても、ある特定の分野に留まるものではなく、多岐に亘っています」

―2002年の改革時、ハマド首長が国王に即位したが、反対論は。
「2002年に行われた改革は、国を治めているハリーファ家と、バーレーン国民との双方の合意でなされました。これは、国家のあらゆる分野の代表者が参加する会議を経たものです。また、この改革の一年前、現国王は国民行動憲章を策定しました。この憲章は、バーレーンの様々な分野の人が集まって作られましたが、その中には反対勢力の人々も含まれています。そして、国民行動憲章は国民投票の結果、バーレーン国民の98・4%の支持を得て、採択されたのです」

―民主化の成功もあり、バーレーンでは三権の独立が保たれ、また男女の平等や女性の進学率も良い状況にあると聞くが。
「まず、三権の分立や男女の平等、それに女性の高い社会進出率が、バーレーンに存在することを我々は誇りに思います。そして、これらの事を可能にしているのは、バーレーンが高い教育水準にあり、また我々が他の国から学んだ事を活かしているからだと言えるでしょう。また、バーレーンは東洋と西洋とを繋ぐ存在であり、地政学上重要な位置にある事も認識しています。そうした事柄を活用しながら、我々は今後も改革を進めて行くつもりです。他国に占領されることなく独立を保ちながら、周辺国を尊重し、東西の国々との架け橋になる事ができるよう、取り組んでいます」

―バーレーンに於いて、多数派のシーア派教徒が貧しい状況に置かれていると聞くが。また、スンナ派諸国から移民を受け入れ、統治をし易くしているといった批判については。
「我々の国では、法による統治を軸としています。バーレーンの法は、市民権を以てバーレーンの人々を扱っているのであり、宗教や人種によって国民を区別する事はありません。バーレーン人は古くから、平和と調和によって共存して来ました。我々は、スンナ派教徒やシーア派教徒、或いはキリスト教徒としてでは無く、『バーレーン人』として国民を見ているのです。例えば、バーレーンの首都であるマナーマに行けばお分かりになると思いますが、そこにはモスクと教会が隣り合わせに存在しています。祈りを捧げた後は、宗教や宗派が違う者同士が共に仕事をしたり、食事をしたりするのです。これは、まさに宗教間の調和の象徴と言う事ができ、誇れる事でしょう。また、議会議員や著名な実業家、それに海外に駐在するバーレーンの大使を見ても、様々な宗教的背景を持っている事がわかります。このように、バーレーンの憲法では信仰の自由や、各宗教が祈りの場を持つ事を保証しているのです」

―バーレーンは他のイスラーム諸国と比べ、宗教的な規制が緩いと聞くが。
「バーレーンは特別であると思います。古代より、バーレーンは東西の交流地点であり、様々な文明に接して来ました。今まで一度も国を閉ざした事はなく、どのような文化も人々も受容するという伝統があります。更に、バーレーンの憲法では、個人の自由が認められています。食べ物や服装などは全て個人の自由に依るものなのです。これらの個人的な権利は、法が定めているものなので全国民に保証されます」

―旧宗主国のイギリスに対する国民感情は。
「バーレーンと英国との関係は、歴史的にとても長いです。そして、今でも戦略的な関係にあります。英国の統治下に置かれていた時代、バーレーン人は実に多くの事を学びました。英国はバーレーンの近代化に大きな役割を果たしたと言えるでしょう。インフラストラクチャーの整備に貢献しただけでは無く、教育や経済、医療のシステムを作る事にも大きな影響を与えました。バーレーン人は、自分達が経てきた経験や歴史を肯定的に捉える傾向があります。我々の文化や信条に基づいて、このような経験を上手く生かし、更に改善に繋げて行こうと考えています」

―カタールやイランなどとの間には領土問題があるそうだが、これについてはどの様に対処しているのか。また、領土問題を抱える日本にアドバイスは。
「現在、カタールやイランとの間に、領土問題は存在していません。カタールとの間には過去に問題がありましたが、国際司法裁判所に付託し、国際法に基づいて20011年に解決されました。またカタールは隣国であり、湾岸協力会議に加盟する国でもあります。我々はカタールとの関係をより深めて行く必要があります。またイランとの間にも以前は領土問題がありました。それはバーレーンの主権に関する問題でもありましたが、1970年代には解決されています。その当時、バーレーン国民はバーレーンがアラブの国の一員であり、ハリーファ家の指導の下で率いられて行く事を望んだのです。
 一般的に言って、バーレーンは国家の主権を非常に尊重しています。ですから、他国の内政に干渉する事はありません。我々は近隣諸国との良い関係を望み、常にお互いに尊敬し合える関係を理想としているのです。ですから、力や脅しに依るものでは無く、平和的な手段で紛争は解決できると信じています。今、日本は近隣諸国との領土問題を抱えていますが、日本にはそのような問題を平和的に解決できる知恵があると私は思います。平和的に、と言うのは国際法の枠組みで、と言う意味です。そうする事によって、国際社会に於ける安定と秩序が保たれるでしょう」

―バーレーンに関して、日本人に広く知って貰いたい事は。
「歴史や文化を通じて、バーレーンに親しんで貰いたいですね。バーレーンは東西の交易の要衝であり、現在は中東に於ける金融の中心地でもあります。我々は『経済ビジョン2030』というものを持っており、これを見れば、バーレーンがこの先どこに向かおうとしているのかがわかるので、是非皆さんに知って欲しいです。また、バーレーンについて学ぶと、周辺諸国に関する知識も身につくので、非常に良いと思います」

―日本の大学生にメッセージを。
「バーレーンと日本との関係は、経済面だけでは無く、文化面や教育面に於いても継続的に発展して来ています。また、バーレーンは1932年に石油を発見しましたが、最初の石油輸出先は日本であり、両国の関係は歴史的に長いです。昨年にはハマド国王が日本を訪れましたが、これはバーレーンと日本との国交樹立40周年を記念するものでした。また、今年の3月にはサルマン皇太子も訪日しています。このように我々は、バーレーンと日本との間で更なる交流をしたいと考えていますが、日本の学生にはバーレーンに対して、より親しみを感じて貰いたいですね。バーレーンの歴史や文化、文明を知り、そこから平和に対するメッセージを感じ取って欲しいです。我々にとっても、日本の学生がバーレーンの事を知ろうする姿勢を見るのは、言い尽くせないほどに嬉しいです。
最後に、日本人は日本に誇りを持つべきであると思います。日本は、経験して来た多くの事を世界に発信できるでしょう。また同時に我々は、社会を益々発展させる為に、日本の経験を見習いたいとも思います。そして、日本が誇るべきものは人材だと思います。それを宝にするかどうかは、日本次第であるように感じますね」

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