波紋(1237号)

「怒らない」のは昔から日本人の優れた性格だ。東日本大震災の時も、避難所の不便な生活を強いられる中、皆がじっと耐え静かに列を作って並ぶ様子は世界各国から称賛された◆その一方で「若者が怒らなくなった」と批判されることがある。大人しく、不合理なことがあっても怒りの声を上げない様子を歯がゆく思うのだろう。怒らないべきか、怒るべきか、場合によって使い分けろということか◆最近は物騒なニュースが世の中を賑わせている。○○○。それなのに怒らないどころか無関心な若者も少なくないらしい◆かくいう私も、おそらく怒らない若者の一人だ。理不尽なことが起きても怒らずに従うことがほとんどで、自分はなんて寛容な人間なのだろうと思っていた。しかし思い返してみると、この寛容さは必ずしも道徳心によるものではないようだ。単に立ち向かうのが億劫なだけなのかもしれない◆怒りたくても怒ってはいけない状況があるのと同じ様に、それほど怒りたくなくても怒らなくてはならない時がある。「もし私たちが『いらない』と声を上げていたら、もっと正しい道を歩めただろう」とはガンジーの言葉だ。非暴力運動で有名な彼も「怒る」ことの重要性を痛感していたのかもしれない。暴力と正当な怒りの表明は別物だということなのだろう◆日々を穏やかに安全に過ごすのは素晴らしいが、その心地よさに安住していると、気づいた時には○○○ているかもしれない。

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