記者通信(1234号)

 約二ヵ月間にわたる夏季休暇、私に課せられた使命は免許の更新と、記者通信という自由作文欄を埋めることのみ。つまるところ一ヶ月半ほど自由な時間があったのだが、私はそれを無駄に過ごしてしまった。私は小欄を読む奇特な読者の為に反面教師となりたいが、日記のような記事を新聞に書くのは忍びない。

 ゆえに、一ヶ月半という期間がどれ程の可能性を秘めているのかを示すことによって、読者諸兄の奮起を促そうと思う。

 例えばアルバイト。東京都の最低賃金は837円だが、無理なく一日に4時間労働をしたと考えても、一ヶ月半で15万660円。つつましく暮らせば後期は勉強しかしなくていい。なんと幸せな事か。そしてその勉強を例にとると、朝90分、昼2時間、夜90分と言う余裕のある設定でも一日で5時間。一ヵ月半で大体230時間になる。大学生の講義外平均学習時間が週当たり7時間、一年で約360時間(2011年リクルート調べ)であることを鑑みても、相当の時間である。更にこの時間を具体的に表せば、日商簿記2級や宅地建物取扱主任者といった資格取得の目安となる勉強時間に匹敵するのだ。それに一月半あれば親孝行もできる。社会人になり一人暮らしを始めるとすると、一年間のうち実家に帰ることができる期間は、盆と正月を合わせても一週間ほどである。そう考えると、遠く離れた実家へ帰省し、親孝行に勤しむのも吝かではなくなるだろう。いくつかの例を挙げたが、これらも一ヶ月半と言う期間が持つ可能性の一端に過ぎない。その膨大な可能性をどうすれば活かせるのか、などと言っている私の場合、休暇を有意義にする意志も能力もなかったのである。

 例え可能性の選択肢があっても、意志が無ければ一つを選べず、能力が無ければ妄想で終わる。両方とも足りなかった者はといえば毎日異なった自分を夢想するだけで、大概その自分像は現実のそれとは大きく乖離している所が非常に滑稽だ。行動しないドン・キホーテを想像してもらえれば丁度良い。ただ、能力というものは人から借りることもできるので、より重要なのは意志だ。では、その意志を獲得する方法はと言われれば、残念ながら分からないのだが、少なくとも締め切りと言う恐怖は意志を生むと断言できる。

 さて、夏季休暇を思い返せばあれやこれやといくらでも在り得た過ごし方が皆さんにも思い浮かぶだろう。しかし既に後期の講義は始まっている。夏季休暇で出来たかもしれない事はもう取り返せず、それに気を取られて将来に支障をきたせば本末転倒である。心機一転し、後期を新しく始めるという考え方でエネルギッシュに過ごしてほしい。
 ここで小欄の可能性も残り数行となったのだが、そこに適当だと考えられる内容を選ぶことが出来ないので、可能性を残したまま筆を擱くことにする。(三)

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